草野仁って本当にいい感じですよね。

穏やかで柔和な笑顔で、優しそうで知的です。
そして落ち着いてソフトな語り口が、
代表番組の『世界ふしぎ発見!』などでも、
番組を追大いに引き立てています。

あの番組が長寿番組なのも、
彼の人間性と実力の証明だと思います。

でも、あの柔和な顔の裏にものすごい力を秘めているんですよ。

 

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草野仁のプロフィール

草野仁

くさの ひとし

1944年2月24日生まれ

満州国に生まれる

長崎県育ち

170㎝

80㎏

A型

元NHKアナウンサー

 

上述もしたように、とても柔和で朗らかな顔ですね!

1967年にNHKに入りました。
元々は、報道記者を志望していたのですが、
アナウンサーとして採用されたのです。

鹿児島、福岡、大阪、東京などでの勤務経験があります。

特に、スポーツアナウンサーとして良く知られており、
1976年のモントリオールオリンピック、
1984年のロサンゼルスオリンピック中継などで活躍しました。

 

でも、本人曰く結構短気な性格らしいです。
ウエイトレスが注文を間違えると、内心はブチギレしているそうです。

また、テレビを見ていてアナウンサーが言葉を間違えると、
テレビに向かってボヤいているそうです。

このような性格の強さは、結婚するときにも発揮されました。
それは、妻となる女性が草野より年上で、
高卒だったために両親には大反対されたのですが、
それを押し切って結婚したそうです。

そのために、挙式も上げず、
指輪も買わないまま48年以上が経過したとテレビ番組で語っていました。

このように、こうと決めたらテコでも動かないという頑固さも持ち合わせています。

東大を首席で卒業!

草野仁の両親もこれまたすごい人なんです。
父は数学者で長崎大学名誉教授の草野萬三郎という人物です。
母は音楽の先生をしていた人物です。

だからとても頭の良い家系に育っているんです。

そして草野仁は東大出身で、しかも首席で卒業したというのですから、
これは本当にすごいものです!!

 

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草野仁の若い頃のスポーツ最強伝説!

100mを11秒2

草野仁は子供のころから、運動神経抜群なんです。
高校時代には、100mで11秒2というものすごい記録を持っていて、
これは当時の高校生の最速記録と同じものです。

しかもこの時期にタダ自己流で走っていただけでこの記録でした。
凄いですね!!

 

高校野球でいきなり4番

高校の時に頼まれてはいった野球部で、いきなり4番を任されたのです。
本当に、何をやらせても凄いんですね。

 

相撲部でもないのに国体予選で優勝

草野の名前は知れ渡っていました。
大学4年の時には、相撲部でもないのに誘われて国体の予選に参加したのです。

急に参加しただけの草野だったのですが、どんどん勝ちあげっていったのです。
そしていよいよ決勝まで来てしまったのです。

決勝の相手は前年の優勝者で体重は130キロを超えていました。
一方の草野は77.5㎏という体重でした。

誰もが草野の負けを予想したのですが、
相手をわずか2秒で投げ飛ばし見事優勝してしまったのです。

しかし、国体は大学の論文があるからと
あっさりと辞退しているのです。

このあたりも、また凄いですね!

 

アマレスチャンピオンに勝利!!

これはNHKのアナウンサー時代のエピソードです。
モントリオールオリンピックで水泳、柔道、レスリングと3種目の中継に抜擢されたのです。

しかし、レスリングだけは経験がなかったので、
ある大学で初めてレスリングをやってみたのです。

そうするといきなりチャンピオンクラスの相手に勝ってしまったのです。

もう、本当にありえないですよね!!

怪力の持ち主

草野仁は日頃からウエイトトレーニングを欠かさずに行っています。

そのためにベンチプレスは100キロ超を上げることができます。
リンゴを片手だけで握りつぶすことができます。

分厚い電話帳を引きちぎったりすることもできるのです。

さらに極めつけは、親指と人差し指で
クルミを潰すことも可能という恐るべき怪力を持っているのです。

そのためテレビCMでも草野の怪力にスポットを当てた企画がされるようになりました。

まとめ

やっぱり草野仁って凄い人ですね!

東大を首席で卒業する頭の良さと、
スポーツ万能という、文武両道のスーパーマンです。

それでいて自分の能力をひけらかすことがない
本当に謙虚な姿勢には頭が下がります。

もしかしたら、それが彼の人気の秘密かもしれませんね!

やっぱり彼は『スーパーひとし君』なんです!

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