1960年後半から数年に渡って大ヒットした山本リンダ。
綺麗でセクシーで、男性を悩殺していましたね。

ものすごい人気を誇った山本リンダです。
今回は彼女の事について調べてみました。

 

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プロフィール

名前:山本リンダ
本名:山本あつ子
生年月日:1951年3月4日
血液型:不明
出身地:福岡県北九州市小倉北区
身長:168cm
職業:歌手
活動期間:1966年~現在
所属事務所:リンダ・ミュージック・オフィス

母親が日本人、父親がアメリカ人のハーフです。
父親は朝鮮戦争で亡くなってしまった為、母子家庭となり生活は苦しかったようです。

1962年、11歳の時に雑誌「装苑」のモデルとなり、人気が出ました。
そして、まだ高校生だった15歳の時に、「こまっちゃうナ」でアイドル歌手としてデビューしました。

しかしその後はしばらく低迷していました。
1970年代に、「仮面ライダー」に女優として出演しました。
歌手としてカムバックを果たしたのは、「どうにもとまらない」、「狙いうち」で、可愛いアイドルからセクシー路線に変更してからでした。
おへそを出したセクシーな衣装をまとい、激しいダンスを踊りながら歌うアクション歌謡の先駆けとなったのです。
1980年、1990年代は「ちびまる子ちゃん」でブームとなりました。
2000年以降は、ヒット曲のリメイクなどで歌手としてまたタレントとして活動しています。

 

若い頃

10代から30代にかけて可愛らしくてセクシーな外見でした。
「どうにもとまらない」で披露した衣装は、短い赤のトップに裾拡がりの黒のパンタロン。
当時は刺激的な衣装でしたが、細くて背が高い彼女にはよく似あっていましたね。

 

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ウララウララの狙い撃ち

元々歌の出だしは「ラララ ラララ」だったようですが、インパクトが弱いという事で阿久が「ウララ ウララ」に代えたそうです。
山本リンダはセクシーな激しい振付で踊りながら歌い、あっという間に大ヒットとなりました。
彼女はこの曲で、1973年の第24回紅白歌合戦に出場を果たします。
この曲を作曲した都倉の後日談で、この曲は作曲先行で作られ、デモテープを送る際にイメージを伝える為に
「ウダダ ウダダ」と歌ったのを送った所、阿久が送り返してきた歌詞が「ウララ ウララ」となっていて、愕然とした、と語っていました。

 

整形しているの?

現在の彼女を見てみると、皺もなくなんとなく不自然な感じがします。
これは整形している可能性が高いでしょう。
皺を整形で引っ張り、頬にシリコンを注入し、ヒアルロン酸も沢山注射しているのか、なんだか顔がボコボコになってしまっています。
髪もカツラをかぶっているのかも知れません。

 

結婚相手は?子供はいるの?

2001年、50歳の時に7歳年上の稲葉光彦さんと結婚しています。
稲葉さんは慶応大学法学部卒業後、大学院で法学博士を取得されています。
知人の紹介で知り合ったという事ですが、彼女自身メンバーでもある創価学会の方の可能性もありますね。
インタビューでは、
「お互いに共通部分があって惹かれた」
と言っています。
二人の間に子供はいません。

結婚相手の年収は?

最近はそれ程頻繁にはメディア露出のない彼女ですから、ご主人の年収が気になる所です。
大学教授の一般的年収は1500万円。
博士号を取得されている稲葉さんは2000万円くらいでしょうか。

 

山本リンダの現在の活動

時々ゲストとしてでテレビに出演していますが、歌手としてコンサートやイベントに出演しています。
好きなシャンソンを中心としたカバーアルバムも出しています。
70歳を目前にしても現役で活動されておられるのは素晴らしい事ですね。
これからも現役で頑張っていただきたいです。

 

まとめ

山本リンダはやっぱり強烈なインパクトを残しました。

確か90年代にリバイバルブームで再び脚光を浴びたことがあると記憶しています。
また数年後に再び彼女のリバイバルブームがやってきたら嬉しいですね。

そういったことを期待していきましょう。

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