中森明菜って本当に人気がありましたよね。

昭和のアイドルの中でも、一番くらいに歌唱力があって、
美貌もあって、人気もありましたよね。

実力がないアイドルが多かったなか、
名実ともにトップの位置にいた中森明菜は凄かったです。

でも、人気絶頂のさ中に悲しい事件も起きました。

ということで今回は、中森明菜に迫ってみましょう!

 

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中森明菜のプロフィール

中森 明菜
なかもり あきな

1965年7月13日生まれ

東京都出身

明治大学付属中野高等学校定時制中退

A型

キレイでしたよね!
そして歌も本当にうまかったです。

当時は見た目先行のアイドルが多かった中で、
歌唱力も抜群の中森明菜は本当に稀有な存在でした。

80年代のアイドルということでいえば、
トップだったといっても過言ではありません。

オーディション番組『スター誕生!』に16歳の時に出場して、見事合格しました。
それからワーナー・パイオニアと契約しました。

デビューシングルは「スローモーション」でした。
2枚目のシングルは「少女A」でこれがヒットしたのです。
その後にリリースされた、「セカンド・ラブ」「禁区」でも順調にヒットを飛ばしました。

このようにしてトップアイドルへの階段をとんとん拍子で駆け上がっていったのでした。

1980年代は、松田聖子と中森明菜が、
2大巨頭といった感じで、双璧をなしていました。

中森明菜のショッキングな事件

バブルまっただ中の日本の芸能界で、
一番のホットな話題と言えば、中森明菜と近藤真彦の関係でした。

二人の関係は小学生でも知っていたくらい、周知の事実でした。
二人はトップアイドル同士で、数年付き合っていたのです。

1985年に公開された『愛・旅立ち』(あい・たびだち)では、
近藤真彦と中森明菜が主演を務めました。

しかし1989年7月11日、
中森明菜(当時23歳)が近藤真彦(当時24歳)の自宅で、
ショッキングな事件を起こしたのです。
自分の手首を切り、自らの命を断とうとしたのでした。

仕事を終え自宅マンションに戻った近藤真彦は、浴室に横たわる明菜を見つけたのです。
明菜の怪我は神経に達するほどの重傷だったのです。
直ぐに救急車が呼ばれて、
6時間にも及ぶ手術が行われてなんとか一命を取り留めたのでした。

この頃には色々なことが報道されました。

明菜はマッチと交際していた時に、
自分達の結婚のために家と家具を買おうと言われて、
明菜が8000万円をマッチに渡したのですが、そのお金はレースにつぎ込まれて、
家具はマッチに持ち逃げされたというものです。

さらに別な情報では、本当は数億という金を渡していたともいわれています。

そこに追い打ちをかけるように、
マッチと松田聖子がアメリカでキスをしたという写真が流出したのです。

それに耐えきれずに、明菜はマッチの部屋で事件を起こしたそうです。

明菜がマッチの部屋で事件を起こした時に、
一番先に駆け付けたのはメリー喜多川であったといいいます。

病院に運び込まれた明菜は面会謝絶となり、
明菜の所属事務所の音研でさえ、
その後1か月間も明菜と会えなかったと言います。

そうこうしている間に、第一発見者であったメリー喜多川は、
でたらめな情報を来る日も来る日も明菜に病室で刷り込んでいったと言います。

それは、明菜が音研に搾取されているというものです。
このままでは明菜はもっと音研から搾取されて、ひどい目に遭うと言って聞かせたのです。

その狙いは明菜と音研の仲を引き裂こうとしたものでした。

でも、実際には音研は明菜を搾取してはおらず、
当時の明菜の年収は5000万円で、マッチの月収は90万というものでした。

しかし、それでもマッチが好きな明菜は、
マッチ側の人間であるメリー喜多川を信じてしまい、音研と袂を分かったのでした。

しかも、当時マッチの担当だった小杉理宇造と明菜は個人事務所を設立したのです。
そこから本格的に活動再開をしようとした明菜ですが、
そのとたんにメリー喜多川は小杉を降ろしてしまったのです。

これは最初から明菜を潰すための罠だったというのです。

なんとも驚き仰天の連続ですね!

 

そして明菜は芸能界で一人ぼっちになってしまい、すっかり路頭に迷ってしまったのです。

なんともひどい結末になってしまいました。

 

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不可思議な金屏風事件

そしてこの後、あの金屏風事件が1989年12月31日に起きました。
この会見自体、非常に不可思議なものとして、語り継がれています。

金屏風ということで、集まったマスコミのだれもが、結婚会見だと思っていたのです。

 

メリーはマッチとの婚約会見をさせるので
出てきて欲しいと、明菜を呼び出したのです。

そして明菜が実際に会見場に来ると、そこでメリーは明菜に驚愕の一言を告げたのです。

「近藤さんとは関係なかったと言いなさい。」というものでした。

 

自分の予想とは全く反するものだったので、明菜は愕然としました。

しかし、もうメリーの言うことに従うしかなかったのです。

 

その席上で二人は、お互いはお互いにとって、信頼できる数少ない友人であると語ったのです。

そして明菜は大晦日を選んだ理由として、
自分が無理を言って会見をお願いしたと説明したのです。

しかも本当はこの日に、明菜は紅白歌合戦で復帰の話もあったのですが、
それを結婚会見をすると思わせておいて、紅白という華やかな復帰を潰したのでした。

これが不可思議な金屏風事件の真相と言われているものです。

そしてこの金屏風での会見は結局、
近藤真彦の面子を保っただけのものに終わってしまったのです。

どうして明菜つぶしに走ったのか?

ジャニーズ事務所は、タレントの恋愛ネタにはとても厳しい事務所として有名でした。
恋愛が噂されると、タレントとしての価値が落ちてしまうことを嫌うためでした。

ですから、もし所属タレントの恋愛が発覚した場合に、
相手方に対しては、実力行使も辞さないことで知られています。

例えば、そのタレントを起用した場合には、
ジャニーズのタレントを一切出演させないというものです。

ジャニーズは人気タレントを数多く抱えており、
彼らを番組に出すことができないとすれば、番組は痛手になります。

その結果、そのタレントは徐々に番組から呼ばれなくなり、
次第に干されていくというものです。

こういった理由で、当時も明菜つぶしに躍起になっていたと言われています。

まとめ

この事実を知るのは、とてもショックでした。

この一連の出来事はすべて嘘であって欲しいと思います。

ちょっと辛すぎる事実のように思います。

でも、一つだけ言えるのは、
これからも中森明菜には頑張って欲しいという言ことです。

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感想(1件)

まだまだ人気はありますし、歌唱力も衰えていません。
これから大きな花を咲かせて、
アイドル時代を凌ぐ素晴らしい活躍を見せてくれたらと思います。

中森明菜を応援していきましょう!

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