菊池桃子って人気ありましたよね。

かわいらしい目が印象的でした。
そしてとても素直で純粋そうな感じで、
とても好感度が高かったのを覚えています。

その派手ではない、純粋そうな感じが人気の理由でしたね。
だから普通のアイドルとはちょっと違った人気があったと思います。

でも、素晴らしいアイドルだったことには間違いありません。

ということで今日は、菊池桃子について見ていきましょう。

 

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菊池桃子のプロフィール

菊池 桃子
きくち ももこ

1968年5月4日生まれ

東京都品川区出身

法政大学大学院で雇用問題を学んで、2012年に修士号を取得しました。
そして2012年には母校の戸板女子短期大学の客員教授を務めています。
そして労働分野の講義を担当しているのです。

なんて頭の良い人なんでしょう!

やっぱり普通のアイドルとは違った魅力を醸し出していたのは、
この賢さと頭の良さがあったからだったのにちがいありません。
一言でいうと、清楚な魅力ですね。

実は菊池桃子が芸能界に入ったきっかけも、
かなり異色の経緯だったのです。

菊池桃子の叔母が喫茶店を青山で経営していて、
そのレジの横に家族の写真を飾っておいたのです。
そこにたまたま来店した音楽関係者が、菊池桃子の写真を気に入ったのです。
それで叔母を介して、スカウトされるというかなり変わったスカウトのされ方だったのです。

元々芸能界には全く興味がなかった菊池桃子ですが、
スカウトもされたし、ちょっと見てみたいという感じで入ったのです。
それ以前のもともとの夢は、考古学者のなることだったと言います。

菊池桃子の元夫はプロゴルファーの西川哲

菊池桃子は1995年に、プロゴルファーの西川哲と結婚しました。

ちょうどこの頃というのは、菊池桃子がアイドルから女優へと
脱皮をしていった時期だったと思います。

実は、この西川哲の実母はあの五月みどりなんです。
そのために、この結婚は大きな話題になりました。
そして五月みどりもテレビのインタビューで、
嫁である菊池桃子のことをとても気に入っていると言っていました。

娘となる菊池桃子はとても素敵な人だとずっと前から思っていたと語っていたのです。

二人の結婚はずっと幸せに続くように思われたのです。

しかし、2012年には正式に離婚したのです。

この理由に関して、巷間色々なことが言われています。

先ず、二人が結婚した1995年はゴルフの成績も好調で、
ツアーも3勝をして大活躍だったのです。
そして賞金も2000万円を超えていたのです。
本職のゴルフでは素晴らしい成績を残して、きれいなお嫁さんももらって、
全てが順風満帆に見えたのです。

しかし、翌年の96年からはゴルフの成績がぱったり悪くなってしまったのです。
2005年から2006年にかけては、予選すら通過することができず、
もちろん賞金も0という厳しい時代を迎えたのです。

そうなってくると収入も菊池桃子のものだけになってきますが、
西川哲はそこでジレンマに陥ったのか、
ある意味自暴自棄のような状況になっていったと思われます。

活躍したくてもできない、そして収入もないといった感じです。

そんなさ中、西川哲に浮気疑惑が浮上したのです。
やり場のない怒りとジレンマを間違った方向にぶつけてしまったのかもしれません。

当時二人の別宅であったマンションに別の女性を連れ込んだり、
飲みに行ってホステスと遊んだりといた疑惑でした。

さらに西川哲は自分で会社も経営していたのですが、
それもうまくいかずに、次第に借金が膨らんでいったと言われています。

こういった疑惑が散々出た後に離婚ですから、
一般の人からは圧倒的に菊池桃子に同情の声が寄せられたのです。

また、離婚後の養育費も慰謝料も全く菊池桃子はもらっていないようです。
旦那がそんな状態では、払える能力はないですからね。

 

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菊池桃子の子供は?

菊池桃子は西川哲との間に2人の子供をもうけいています。

1996年8月7日に長男である、幸秀を出産しました。
2001年10月18日には、長女の小百合を出産しました。

実は、この長女は乳児期に脳梗塞を患って、
その後遺症で左半身に障害が残ってしまったんです。

この障害のことを一念発起して、テレビ番組で語ったのです。
それを決意させた理由は、娘は必死で生きているので、
母親である私がその障害を隠すのは娘に対して失礼であると考えたからなのです。

そして菊池桃子が40歳を過ぎて大学院に入ったりした理由は、
障害を持つ子供の就職相談を受けてくれるところが、
あまりにも少なすぎたからだそうです。

そしてそう思て大学院を出て、
今度は大学教授という仕事をこなせるというのは凄いですね!

なんだかこんなことを聞くと、菊池桃子をますます応援したくなってしまいます。

ラムーにいて

1988年2月17日に、なんと菊池桃子は単独記者会見を開いたのです。
しかも場所は赤坂プリンスホテルでした。

ここで発表されたのは、ラムーというロックバンドを結成するということでした。

菊池桃子(Vocal)
松浦義和(Keyboards)
中西望(Drums)
勝守理(Guitar)
吉岡誠司 (Bass)
ロザリル・キール(Chorus)
ダレル・ホールデン(Chorus)

シングルをリリースしたり、ライブも行ったのですがビジネスとしては失敗に終わりました。
1989年のシングルリリースを最後にこのラムーというバンドは活動休止になたのです。
そしてこれは事実上の解散となったのです。

ただ、このラムーに関しては音楽好きの間での評価は悪くないのです。
しかし、この音楽スタイルが当時の日本には
早すぎたかもしれないという意見も多いのは確かです。

まとめ

菊池桃子って素敵ですね。
やっぱり清楚な魅力があります。

それに頭もよいので、大学で教えることができるのだと思います。

筆者も菊池桃子のことをアイドル時代からみていたのですが、
ほかのアイドルとは一線を画す、違った雰囲気があったのは確かです。

これからももっともっと活躍してほしいですね!!

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