宝槻泰伸ってすごいですね!

高校を中退して、そこから大検を取って
それで京都大学に進んだという異色な経歴の持ち主です。

しかも弟二人も同じように京都大学に進んだというのですから驚きです。

そして今は、超個性的な塾の代表を務めています。

そして2019年3月17日の『情熱大陸』に
出演するというのですから度肝を抜かれました!

もう本当に、やることなすことが驚きの連続ですね。

ということで今回は、宝槻泰伸という人物に迫ってみましょう。

 

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宝槻泰伸のプロフィール

宝槻泰伸
ほうつき やすのぶ

1981年生まれ
東京都出身

宮崎西高校に入学
同校を退学

大検を取得して京都大学に進学

大学卒業後すぐに起業

教育委員会、高等学校、大学、
民間企業、職業訓練校、などで講師として活躍

現在は自らが経営する学習塾『探求学舎』の代表

著書
『強烈なオヤジが高校にも塾にも通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話』
『勉強嫌いほどハマる勉強法』
『探究学舎のスゴイ授業:子どもの好奇心が止まらない! 能力よりも興味を育てる探究メソッドのすべて 元素編』
『15歳はなぜ言うことを聞かないのか?』

やっぱり切れ者という感じが伝わってくる顔ですね!

でも、がり勉タイプではなく、とても個性的な感じがします。
個性が強かったので、高校が合わなかったのだと思います。

それで退学して、それから大検を取得して、
それから天下の京都大学に進学というのですから、凄すぎます。

でも、彼の顔を見ていると本当に何かやってくれそうな雰囲気がします。
目に力がありますね!!

宝槻泰伸の父親について

宝槻泰伸の父親の学歴に関しては情報がありませんでした。

しかし当時の価値観から言えば、相当変わった人であったのは確かなようです。
宝槻泰伸が高校3年の時に、
父親が『プラトン学園』という塾を開いたという職歴があります。

この塾は音読と暗唱をひたすら繰り返すという、一風変わった塾でした。
そのために、生徒は自分の息子3人しか集まらなかったのです。

ただ、音読と暗唱を繰り返す前に、
学問に関する小ネタを入れて、3人の興味を引いたそうです。

このようにして、彼らに学ぶことの楽しさを教えたのです。
そして自然と学問や勉強に対する意欲を養い、
それだけにとどまらず、実際にはあの京都大学に
合格させてしまったというのですから驚きです。

 

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『強烈なオヤジが高校にも塾にも通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話』

とんでもオヤジの「学び革命」 「京大3兄弟」ホーツキ家の「掟破りの教育論」[本/雑誌] / 小出真朱/マンガ 宝槻泰伸/原案協力

価格:1,296円
(2019/3/17 19:30時点)
感想(0件)

この本の中にさらに詳しく、その教育方法が書かれています。
では、ここで大まかなあらすじを説明いたしましょう。

例えば、マンガ「火の鳥」を読みたいのなら学校を休んでも良いとか、
「信長の野望」というテレビゲームをするために学校を休んでもOKなのです。

普通の家庭とは全く違っていますね!

それ以外にも、宝槻家3兄弟は、
幼いころからためになりそうなテレビ番組やマンガなどをなどを見せられてたのです。

しかもマンガや本を1ページ読むと、1円の小遣いが与えられたのです。
そして読後には、しっかりと感想文の提出が義務でした。

初めのうちは小遣い稼ぎで読んでいた3兄弟でしたが、
徐々に自分の意志で本やマンガを読むようになっていったのです。

そして3人の年齢が上がっていくにつれて、頭脳ギャンブルをやらせたのです。
将棋や囲碁、麻雀といった大人のゲームをやらせて、
彼らの頭脳を鍛えていったのです。

東京で生まれた3人でしたが、
父親の都合で宮崎に引っ越すことになったのです。

しかし新しい土地に行き、遊び場はありませんでした。
そこで今度は兄弟3人で、遊びを作り出す作業に入ったのでした。
こういった経験を通して、想像力や実行力が鍛えられていったのでした。

そして次に父親は、タミヤのプラモデルを買ってきて3人に与えました。
このプラモデル制作を通して、3人は物がどうやって動くかという仕組みを理解し始めます。
そうこうしているうちに、自分たちで相撲ロボットを制作して競えるほどにまでなったのです。

長男である宝槻泰伸が進学した高校が自分には合わず、
泰伸は高校を辞めたいと父親に話すと、答えは「いいよ」と一言で終わり。

次男も高校には進学しませんでした。

そして宝槻泰伸は京都大学を目指すことにしたのです。
その理由は、東大よりノーベル賞受賞者が多いというものでした。

こういった超個性的な勉強法で、
見事3兄弟とも京都大学に合格したというのですから凄いものです。

宝槻泰伸の弟について

長男の宝槻泰伸は自分で会社を立ち上げているのですが、
弟たちはどうしているのでしょうか?

彼らははビジネスマンとして会社に勤めています。

この2人はあのユニークな家庭教育をどう考えているのでしょうか?

次男の話

この父親流の独特の家庭教育のおかげで、
英語を話すことの恐怖はありません。

外向性や積極性を子供のころから養えたのがよかったです。
海外に行った時も、臆することなく英語を話せている自分がいます。

三男の話

グローバルな人材を作るというと、英語教育になってしまいます。
でも、うちはその逆でした。

父親は教育熱心ではあったのですが、
英文法は英語の勉強を型にはめてしまうから、絶対にやるなというものでした。

その代わり、国語と数学を徹底的にやれ、
それから科学と歴史を徹底的にやれ、
英語は後でいくらでもやれるというものでした。

その理由は、英語というツールは後で身に着けられるけれども、
その前に話す中身がもっと重要だということでした。

言い換えれば何を話すかが最も大切だということだったのです。

探求学舎について

宝槻泰伸は探求学舎という塾で、
彼の父親がやったように子供の力を引き出す教育をしています。

興味のある方は、ぜひ一度いかれてみてください!

〒181-0012
東京都三鷹市上連雀2丁目4-3大商ビル

JR三鷹駅南口より徒歩約6分

tanqgakusha@gmail.com

まとめ

宝槻泰伸の父親が行った教育法って、
本当に本当に理想的なやり方ですよね!

子供の興味を自然にうまく伸ばしてやっていく。

これが本来の教育なんじゃないでしょうか?
子供に押し付けるのではなく、子供の興味と能力を引き出す。

それがあの教育法だったのです。
そうしたら、もっともっとのびのびした教育が、
日本でも行われていくのではないでしょうか?

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