麻丘めぐみって可愛かったですよね!

すっごくチャーミングで、笑顔が素晴らしかったです。
愛くるしいとう表現が一番当てはまるタレントでした。

そして人気もありましたよね。

それに清楚なビジュアルと優しい歌声も魅力でした。

ということで今回は、麻丘めぐみという人物に迫ってみましょう。

 

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麻丘めぐみのプロフィール

麻丘 めぐみ
あさおか めぐみ

1955年10月11日生まれ

本名 藤井佳代子
ふじい かよこ

大分県生まれ
大阪府育ち

 

 

でも、本当にかわいかったですよね!
これならたくさんのファンができるのもうなずけます。

昭和って誰でもスターになれる時代ではなかったので、
やっぱり選ばれた人って本当に何か持っていますよね。

麻丘めぐみの芸歴ってかなり長いんです。
かなり行動的だった姉の影響で劇団に入りました。

そして1歳8ヵ月の時にはすでにCMに出ました。
その後3歳で子役として役者デビューしました。

 

初舞台はというと梅田コマ劇場となっています。
その舞台では森光子と共演していました。

そして小学校5年の時、母と姉と麻丘めぐみの3人で東京に住み始めました。
当時の家計は厳しく、毎日ジャガイモを食べていたと言います。

そして中学時代には、『週刊セブンティーン』等の雑誌でモデルをしていました。

その当時、レコード会社の人から歌手デビューの話を持ち掛けられていたのですが、
自分の姉が歌手として全然芽が出なかったために、
これは自分がやっても絶対に無理だろうと思って、
その誘いを拒み続けていたのです。

 

しかし麻丘はある時、一大決心をして歌手デビューをすることにしたのです。
それは、もしこのままだと姉が歌手としての契約を、
打ち切られてしまうのではないかと思ったからなのです。

それでもし自分が売れれば、姉の窮地を救えるかもしれないと考えたからです。
なんとも姉思いの妹ですね!!

遂に1972年「芽ばえ」で歌手デビューを果たしました。
それがいきなり40万枚を超えるヒットとなったのです!

人生ってわからないものですね。
歌手デビューを渋っていた彼女が、いきなりの大ヒットですからね。
そして年末の日本レコード大賞では最優秀新人賞を受賞してしまったのです。

1973年には彼女の代表曲「わたしの彼は左きき」が大ヒット!!
この曲ではオリコンチャート週間1位も達成しました。

大みそかの『第24回NHK紅白歌合戦』にも出場しました。
もともと麻丘自身は右利きですが、この曲がヒットしていた時だけは、
左手で箸を持って見せたり、左手でサインを書いたりしていました。
そこまでやるなんて、素晴らしいパフォーマンスですね!

 

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現在の麻丘めぐみ

こちらが現在の麻丘めぐみです。

今でもおきれいな方ですね。
清楚な感じはずっと変わっていないと思います。

でも、年とともに知的な感じが加わってきましたね。

実は麻丘めぐみは歌手でもあり、女優でもありますが、
演出家もやっているので、かなり知的な人なんだと思います。

 

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麻丘めぐみの旦那(夫)について

麻丘めぐみは1977年に一度結婚しています。

お相手はフジテレビ社員のディレクター渡邉光男という男性でした。
彼はあの人気番組『夜のヒットスタジオ』の制作にかかわっていました。

この結婚を機に芸能界を一時引退しました。
ただこの時に、周囲は引退に猛反対をしたそうですが、
本人がどうしても一度自分をリセットしたいということで、いったん芸能界から退いています。

ただ、これは人気絶頂のアイドルの結婚と引退とあって、
当時は大きな話題になっていました。

一人娘のひとみを出産しました。

そして1983年に離婚しました。

この時の離婚理由ですが、渡邉光男の度重なる浮気と言われています。
当時はいくつもの大きな番組を抱えていた彼でしたので、
周囲にはきれいな女性がたくさんいた模様です。

離婚と同時に麻丘は同時に芸能界へ復帰を果たしました。
それ以降は、歌手というよりも女優業をメインに活動を続けています。

その後はずっと独身を貫いているようです。

麻丘めぐみの娘・ひとみについて

1979年に誕生した一人娘のひとみです。
正式には藤井ひとみと言います。

職業は水彩画家です。

母は歌手や女優といったアーチストなのですが、
娘は違った意味でのアーチストのようです。

そして語学も堪能で、フランス語がペラペラなんだそうです。
才女ですね!

フランス語教師としても活躍されているようです。

2002年に大学を卒業して東京都内の美術館の職員として仕事をしていました。

 

その後に、南フランスの大学院で美術を勉強しなおして、
彼女が29歳の時に水彩画家になったのです。

心が温まるような、素晴らしい絵を描きますね!
ずっと見ていたくなります。

麻丘めぐみと西城秀樹との関係は?

現在でもグーグルで麻丘めぐみと検索すると、
西城秀樹と検索候補に出てきます。

この二人に関係はあったのでしょうか?

一説には二人は付き合っていたという噂があります。
ここから先は、そういった噂ということを前提にお読みください。

実はこの二人は1973年当時、明治大学付属中野高等学校の同級生だったのです。

お互いが日常で顔を合わせる間柄でした。
西城秀樹は徐々に清楚な麻丘めぐみに好意を抱いていったようです。

そして二人は意気投合して交際に発展しました。

その後の麻丘を不運が襲います。
翌年の1974年には麻丘めぐみは舞台から落下して全治6か月というけがを負います。
それから西城秀樹のファンから多数のカミソリが送りつけられたりという事件が起きました。

 

それでも、翌年の1975年にも交際は続いていたようです。
そして二人の手には指輪がはめられていたのですが、
それからしばらくして、無理やり別れさせられたようです。

以上の内容ですが、同級生であったことと舞台落下事件は事実です。
しかし、交際していたかどうかは賛否が分かれるところです。

ですから、この部分は真偽のほどは定かではないという部分を強調しておきたいと思います。

まとめ

麻丘めぐみも色々とありましたね。

でも、本当に赤ちゃんの頃からこの世界にいるって凄いですね!
入れ替わりが激しいこの世界で、60年もやってきているのですから、
それは本当に素晴らしいとしか言いようがありません。

これからも彼女の活躍を期待して行きましょう!

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