神田陽子って知ってますか?

神田陽子は日本の女性講談師としては
草分け的な存在なんです。

古典から最新のもの、
またはオペラ風にアレンジした講談まで
その斬新な発想で、
年々活躍の場を広げています。

本当に素晴らしく柔軟性をもった人ですね!

今回は、そんな神田陽子に迫ってみましょう!

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神田陽子プロフィール

芸名 神田 陽子(かんだ ようこ)
本名 河村 恵子(かわむら けいこ)

出身地 東京都中野区
芸種 講談
階級 色物
出囃子春藤

2017年 早稲田大学人間科学部人間科学情報科卒業
崇城大学客員教授

 

芸歴
1979年 二代目 神田山陽入門
1982年 二ツ目昇進
1988年 真打昇進
2014年 日本講談協会会長就任(~2015年)
2016年 日本講談普及協会 代表

 

講談CD
『南部坂雪の別れ』
『神田陽子の怪談ものがたり』
『イッキ読み!神田陽子の講談日本史』
『大石の妻子別れ』

 

趣味 日本舞踊

明るく華やかな高座がモットーです!

いかにも講談師といった感じの方ですね!

とてもお話が上手そうな印象です。
とても威勢が良くて、
ハキハキした語り口ってうのが写真からも見て取れます。

そして、チャキチャキの江戸っ子という感じですね。

 

この写真を見ているだけで、
神田陽子の話を聞いてみたいと思ってしまいます。

神田陽子について

神田陽子は女性講談師としては、
パイオニア的な存在です。

 

それまでは男性中心の社会であった
講談師の世界に、
女性として孤軍奮闘して、
高い人気を誇り大活躍しています!

 

古典講談から、奇想天外な新作まで、
精力的に取り組んでいます。

具体的な作品としては怪談噺、赤穂義士伝から
講談とオペラをミックスさせたオペラ講談や
地球環境などに配慮した環境講談など
その種類は実に多彩です。

 

そしてここ数年は、大学や小学校へ出向いての講談や
講談教室も大人気となっています。

 

これまでの講談師の枠を完全に超越した、
幅広い活躍をしていますね!

神田陽子は結婚しているのか?離婚歴は?

神田陽子は結婚しているのかどう、
調べてみたのですが、
それに関する情報は一切出てきませんでした。

 

年齢もそれなりにいっているので、
結婚していてもおかしくはないのですが、
これに関しての情報は一切ありませんでした。

 

ですので、独身で通してきたという可能性もあります。

また、離婚歴に関しても一切出てきませんでした。

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自分を信じることの大切さ

神田陽子は学生時代は俳優志望で、
俳優になるために様々なことを勉強していました。

 

そんなある日、神田山陽師匠の『レ・ミゼラブル』
の講談を聞くことになったのです。

この講談で完全に魅了されて、
講談師のなることを決めたのでした。

 

神田山陽師匠の話し方、声のトーン、
所作、立ち居振る舞いなど、
全ての面で圧倒されてしまったのでした。

 

それからすぐに、二代目神田山陽のもとを訪ねて、
入門することになったのでした。

その当時、講談の世界は9割以上が男性で、
女性の講談師は極めてまれで、
女性でしかも前座をしていた頃は、
周りの人たちからからかわれたり、いじめられたりしていました。

 

その頃はとても辛かったとのことです。

古風な社会だったので、
男尊女卑のような考えがとても根強く残っていたのでした。

 

そして色々とののしられたこともありました。
『女では客は集まらん』『女には無理だ』などなど、
毎日のように辛辣な言葉を浴びせられていたのでした。

周囲からは様々なことを言われていましたが、
そんな時に心の支えになってくれたのは、師匠だったのです。
二代目神田山陽が、彼女をかばってくれたのでした。

 

他の講談師や先輩からの批判を、
盾になって神田陽子を守ってくれたのでした。

それは、師匠も神田もある一つの共通した想いがあったからです。

『日本の伝統文化に新風を吹き込み、講談界を蘇らせたい』
というものでした。

 

ちょうどその頃、講談界と相まって、
女性棋士が将棋界には誕生しており、
『女流棋士ブーム』が訪れていたのでした。

 

それも神田陽子の辛い下積み時代を支えた一つの要因だったのです。

そしてそれに応えるべく、師匠も神田陽子に猛稽古を課しました。
毎日毎日、他の弟子より10倍近くの稽古への時間を割き、
本当に細かいディテールに至るまで、
熱心な指導は夜遅くまで、毎日続きました。

 

毎日毎日稽古に明け暮れて、
突き進んで来れたのは、
自分を信じていたからなのです。

 

そんな風に一心不乱に稽古をしていると、
色々な人たちとの出会いがあったのです。

そして今度はそういう人たちが彼女を支え、
励まし、味方になっていってくれたのでした。

自分を信じて一生懸命にやっていると、
こんな良いことが起こるのだと改めて学んだそうです。

まとめ

今回は神田陽子について書いてみました。

今ではとても有名な講談師ですが、
ここまで来るのには、
それなりの苦労があったようですね。

 

今後も神田陽子の活躍を
大いに期待していきたいですね!

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