ビートルズって凄かったですよね!
20世紀では最大のアーチストと言っても過言ではありません。

本当に、本当に偉大な存在でした。
偉大という言葉では彼らの存在を形容しきれないくらい、
彼らは唯一無二の存在だったのです。

そしてなんといっても楽曲が素晴らしかった。
あんな素晴らしい楽曲を1960年代に生み出した彼らは、
やっぱりAMZINGな存在なのです。

 

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ビートルズ

ザ・ビートルズは1960年代を中心に活動した、
イギリス出身のロックバンド。

20世紀の顔と言っても過言ではないアーティストの一つ。

元々は「クオリーメン」というロックバンドを
ジョンレノンが1957年に組んで、それを1960年に「ザ・ビートルズ」と改名したのです。

ビートルズのレコードデビューは1962年10月5日で
事実上の解散は1970年4月10日と言われています。

活動期間内にビートルズはイギリスで12のアルバムを制作して、
そのうち11作が全英チャートで1位を獲得するなど、
イギリス音楽市場でも最大の活躍をしたバンドです。

シングルは22作を発売して、そのうち17作が全英1位を獲得しました。

ビートルズはイギリス国内だけでなく、
アメリカなどの国々でも圧倒的な販売数を記録したのです。

 

 

数々の勲章

そのために、ギネスブックでも最も成功したアーチストとして認定されています。

また、1965年10月26日には、エリザベス女王かたMBE勲章を受けています。

そして1988年になるとロックの殿堂入りを果たしています。

ビートルズの活動前期はアイドル的な人気を誇り、
ビートルズマニアと言われるファンを得ていましたが、
後期には「アビーロード」などが名盤と言われるように、
実際の音楽面から高い評価を得ていたのです。

その人気は解散から何十年と経過した現在でも、衰えることはなく、
映画作品やベストアルバムなどが色々と発表されています。

ビートルズ放送禁止の曲

ビートルズの曲が発売された当時に放送禁止になった曲があります。
それは「ジョンとヨーコのバラード」という曲でした。

問題はこの曲の中の歌詞でした。
日本語に訳すと次のようになります。

「ちくしょう!(Christ!)容易なことじゃない。このままじゃ、俺は晒し者にされちまうよ。」

この部分が、イエスキリストを冒とくしているかのように思われたので、
アメリカの多くのラジオ局では放送禁止にしていたようです。

当事者のポールマッカートニーもレコーディングの時に、
ジョンが書いたこの詞が後に問題となることを懸念していたそうですが、
結局はやろうということになり、レコーディングに踏み切ったそうです。

 

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ビートルズの名前の由来

このビートルズというバンドの名前はジョンレノンとスチュアート・サトクリフ
という元ビートルズのメンバーが考え出した造語なのです。

 

バディーホリーの影響

ジョンレノン曰く、この名前が考え出されたのは1960年4月で、
バディーホリーのバンド名である「バディ・ホリー&ザ・クリケッツ」
の中のクリケッツがコオロギを意味する昆虫の名前だったために、
それにあやかって同様に昆虫の名前をバンド名に入れたそうです。

 

映画『乱暴もの』から

もう一つは、『乱暴者』という映画から思いついたとされています。

そしてこのビートルズというバンド名を思いついたあたりに、
クラブでの演奏を依頼してきたのですが、
その条件にバンド名を「ロング・ジョン&ピーシズ・オブ・シルヴァー」と改名することを
条件としてだしてきたのですが、
そこをお互いに譲り合って、『ロング・ジョン&シルヴァー・ビートルズ』ようです。

その後、1960年8月から行われたハンブルグでのツアーから広告には、
「The Beatles」と記載されています。

ビートルズの結成秘話

まず初めに、このビートルズは4人ともイギリスの田舎町である、
リバプールというところに住んでいたのです。

これだけ世界的な人気を得たバンドであるビートルズ全員が、
小さな田舎町から出てきたというのは驚きです!!

 

ポールマッカートニーとの出会い

上述したように、ジョンレノンが結成していたバンドの「クオリーメン」が
1957年7月6日にセントピーターズ教会でお祭りがあった時に演奏したのです。

その時にポールマッカートニーは友人に誘われてその場に偶然いたのです。
そこでステージで演奏するジョンレノンをたまたま見つけたのです。

そこでポールマッカートニーは衝撃を受けたのでした。

それはジョンレノンは歌っている曲の歌詞をきちんと覚えていなかったのです。
また、ジョンはギターを弾いていたのですが、
それはギターのコードではなく、バンジョーという楽器のコードだったのです。

アマチュアバンドとはいえ、人前で演奏するのにこんなデタラメだったのですが、
それでも構わずに演奏するジョンの破天荒さに逆に魅力を感じたのです。

そしてその演奏が終わった後に、ポールは友人の紹介でジョンと初めて出会ったのです。
そこで2人の運命が交錯したのです。

お互い、母を幼くしてなくしていたという共通点があり、
直ぐに意気投合したのです。

 

ジョージハリスンとの出会い

ベースプレイヤーのジョージハリスンについてです。
彼はポールよりも年下でしたが、ポールの友人だったのです。

その当時のジョージはまだ15歳ということで、
ジョンレノンもそれは早すぎると言ったのですが、
ポールマッカートニーはジョージはビル・ジャスティスというアーチストの
「ローンチ―」という曲が弾けるからと言って、参加を促したのです。

この「ローンチ―」という曲は結構テクニックが必要な曲だったので、
その曲を見事に弾き終わった瞬間に、
ジョンレノンはジョージのベースの腕に感心して、参加を認めたと言われています。

 

リンゴスターとの出会い

その後、ビートルズは活動を続けていました。
プロを目指していたにも関わらず、ドラムだけは固定できませんでした。

その時にでく出入りしていた喫茶店の経営者の息子の
ピートベストを誘って加入を促して、
ようやくこれでバンドが確立されたかのように思われたのですが、
1962年8月16日にポートベストが解雇されて、
リンゴスターが8月18日に加入したのです。

若い頃から職を転々としていたリンゴですが、
プロのドラマーになって初めて安定した収入が得られるようになったのです。

ちなみにピートベストが解雇された理由は、
彼の演奏スタイルにあったとも言われています。

まとめ

ビートルズは永遠のヒーローです。
あんなに影響力を持つバンドは、
これから先も出てこないのではないでしょうか?

世界中の人々の心を掴むバンドって、
そうそう出てこないと思います。

そんなことを書いていると、なんだかビートルズが聞きたくなってきました。

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