吉川晃司ってかっこいいですよね。

最初からちょっと悪っぽくて、ワイルドなイメージがありました。
そしてなんかやらかしてくれそうな、
危ない雰囲気を醸し出していたのを覚えています。

サングラスかけたりして、怖い感じでした。
しかも身長も183㎝くらいあって、高校時代は水球をやっていたので、
体も逆三角形で鍛えられてます。

ということで、今回は吉川晃司について迫ってみましょう。

 

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吉川晃司のプロフィール

吉川 晃司
きっかわ こうじ

1965年8月18日生まれ

182㎝

広島県出身

 

吉川晃司ってデビュー前から人の想像を絶する思考回路を持つ人間なんです!

吉川晃司は少年時代に「音楽でビッグスターになる」と志しました。
そのためにはまずはどうするかと考えて、スカウトされたいと思ったのです。

しかし当時はまだ、広島には芸能プロンなどありませんでしたので、
東京にある渡辺プロに直筆で、熱い熱い手紙を書いたのです。

「広島にスゴい奴がいる、見に来ないと一生悔いを残す」

このように、自分をほめたたえるような手紙を何度も何度も送ったのです。

ここからが驚愕のストーリーなのですが、
渡辺プロのスタッフが本当に吉川を広島まで見に来たのです。
それから何度かのオーディションを通過して渡辺プロに入ったのでした。

ものすごい行動力と熱意と、気迫です!
もう、お見事、あっぱれとしか言いようがありませんね。

さすがは兄貴、吉川晃司です!!!!

吉川晃司の紅白歌合戦事件とは?

デビュー当時からやんちゃで、何をしでかすかわからないと言われていた吉川晃司です。
そしてデビュー2年目の1985年に起きた出来事でした。

大晦日の国民的歌番組である紅白歌合戦に吉川が初出場した時です。
白組なのにもかかわらず、真っ赤な衣装で出ていったのです。

もう、この時点で一発見舞ってくれましたね!!

 

それは、自身の曲『にくまれそうなニューフェイス』を歌っている時でした。

しかも当初はNHKの要望で、ギターとベース以外は
ステージに登場させないでくれと言われていたのにも関わらず、
もう一人のギターとキーボードまで登場させてしまったという暴挙ぶり。

曲の途中では、予定にはなかった客席まで降りていくというパフォーマンス?
そのためにカメラにぶつかって画面がおかしくなったり。

紅白のステージにシャンパンをぶちまけたり、セットをめちゃくちゃに壊すなど大暴れしたのです。

暴挙はまだ続きます。

本来の演奏時間をオーバーしてもステージ上に居続けて、
ギターに火をつけて、そのギターをステージにたたきつけて破壊するという、
これまた恐ろしいパフォーマンスを繰り広げたのです。

ギターを叩きつけて破壊する場面はテレビには映っていなかったのですが、
燃え上がるギターはしっかりとテレビ画面に映っていたのでした。

しかも、次の紅組の河合奈保子の順番になっても、
吉川の暴挙は続いていたのです。

そのために河合奈保子はオーケストラをバックに歌う予定だったのですが、
吉川のために出ていくタイミングがつかめず、
出だしが上手く歌えなくなってしまったのでした。
そこで河合奈保子は仕方なく歌の途中から歌い始めたのです。

河合奈保子のおびえる表情がテレビにも映っていたのです。

しかも、吉川の影響は次の白組の歌手であるシブガキ隊にも影響が出てしまったのでした。
シャンパンで濡れたでステージで『スシ食いねェ!』を歌って踊るシブがき隊でしたが、
布川敏和が足を滑らせて2回も転んでしまったのです。

プロレスラーとまでケンカするような芸能界ケンカ自慢ですから、
これくらいは最初からかましてやろうと思っていたようです。

この1985年は吉川晃司の『にくまれそうなニューフェイス』という曲で初出場したのですが、奇しくもその曲が示す通りNHKからはすっかり憎まれてしまったニューフェイスとなったのです。

 

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吉川晃司はNHKに10年以上出禁

その影響で吉川晃司はNHKに10年以上出禁になったのでした。

そしてNHKラジオでもしばらく吉川の曲はかかりませんでした。
しかし後年この出禁は解除されて、『ポップジャム』にも出演しました。

1998年6月21日には、NHKホールでコンサートツアーの公演を行い、
それ以降はどんどん雪解けに向かっていきました。

また、NHKドラマ『真夜中は別の顔』(2002年)では主演に抜擢され、
大河ドラマ『天地人』(2009年)で織田信長役で出演もしたのです。

このように、吉川はNHKと現在はとても良い関係を築いているようです。

紅白事件に関する吉川晃司の考え

吉川晃司はこの件について、後年次のように振り返っています。

「当時は多くの賞が出来レースになっていて、
プロダクションやレコード会社の政治力によって決まっていたり、
事実を受け入れたくない、どうしたらいいんだろうといつも悶々としていた。

紅白は抗議行動的な側面もあったが、あまりに稚拙だったと思う。
極度の興奮状態にあったので曲を延ばしている意識も全く無かった。
ギターもあそこまで燃やすつもりもなくて、ジミ・ヘンドリックスをマネして、
軽く付けてみようと思ったら、照明が当たっていて火が見えなくて
自分でも火傷して、訳が分からなくなってしまった。

全部が見事なほど裏目に出てしまった」などと述べている。
また、それだけではなく「墓場まで持っていかなければいけない、
言えないことがまだある」とも話している。

まとめ

吉川晃司はやってくれましたね。
これだけのハプニングを起こしてくれた。

でも裏を返すと、それだけの行動力がある男だから、
ここまでの歌手と俳優になれたんだと思います。

全ては表裏一体、諸刃の剣。

でも、そんな吉川晃司を愛するファンは多いものです。
だからこそ現在でも彼は人気を保っていることができるのです。

すばれは溢れんばかりの吉川晃司の情熱なんだと思います。

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