松本圭佑ってご存知ですか?

東京オリンピックで金メダルを目指すほどの期待のボクサーなんです。

インタビューでも「一番輝くメダルを目指す」といっています。

本当に頼もしいですね。

テレビ出演も多く、ミライモンスターや
NHKのプロフェッショナルにも出演したことがあります。

こういった若い人がどんどん出てくるって、日本の未来も明るいですね。

そんな松本圭佑ですが、かれの人生にはたくさんの試練がありました。
彼はそれを乗り越えて、ここまでやってきています。

今回は、そんな松本圭佑に迫ってみたいと思います。

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松本圭佑プロフィール

松本圭佑(まつもと・けいすけ)

1999年(平11)7月17日生まれ

神奈川県横浜市出身

175㎝

バンダム級

横浜市立みなと総合高校

東京農業大学(国際食料情報学部国際バイオビジネス学科)

東京農業大学はボクシングの名門中の名門です。
オリンピック日本代表7人も輩出しました。
また、プロでも井岡一翔選手(世界3階級制覇王者)や、
五十嵐俊幸選手(元WBC世界フライ級王者)なども東京農業大学出身です。

ということで、松本圭佑もこういった
素晴らしい環境の中に身を置けるというのは幸せですね!

松本圭佑成績

小学校、中学校時代

全国U-15ジュニアボクシング大会優勝を5連覇

全国U-15ジュニアボクシング大会優勝(2011年小学5年)
全国U-15ジュニアボクシング大会優勝(2012年小学6年)
全国U-15ジュニアボクシング大会優勝(2013年中学1年)
全国U-15ジュニアボクシング大会優勝(2014年中学2年)
全国U-15ジュニアボクシング大会優勝(2015年中学3年)

この大会での出場者は
小学生部門(4〜6年生)と中学生部門(1〜3年生)に分かれています。
ということで、年上の選手にも勝っていたということになります。
これは、体の形成が全く違う幼少期においてはものすごいことです。

当時から彼の俊敏さとボクシングにおける才能を見て取れます。

 

高校時代

全国高校選抜優勝(2016年高校1年)
インターハイ2位 (2016年高校1年)
国体2位     (2016年高校1年)

全国高校選抜優勝(2017年高校2年)
インターハイ2位 (2017年高校2年)

インターハイ2位 (2018年高校3年)

輝かしい戦績なのですが、インターハイではいつも準優勝でした。
それは強力なライバルである、堤駿斗(つつみはやと)がいたからです。

松本は高校時代に堤駿斗と対戦して一度も勝利することができなかったのです。

最強のライバルですが、彼はそのライバルの存在を喜んでいます。
ライバルがいてよかったとインタビューで答えています。

これが当時の二人の試合で、2017年のインターハイ決勝です。

松本好二プロフィール

松本圭佑は小学校、中学校、高校と輝かしい績を残して来ました。

実は彼の父親の松本好二は、元プロボクサーだったのです!
そして祖父は松本弘という元プロボクサーで東日本フェザー級新人王を獲得しています。
ですから、松本圭佑はボクシング界のサラブレッドなのです。

松本 弘司(本名:まつも・こうじ)

1969年9月27日生まれ

神奈川県横浜市出身

横浜高校

専修大学中退

フェザー級

ヨネクラジムに所属(現役時代)

アマチュア通算 37勝(20KO・RSC)6敗

プロ通算    33戦26勝(15KO)6敗1分

 

現在は大橋ジムでトレーナーをしています。
小学校時代から高校時代までの松本圭佑を、親子鷹として指導していました。

現在は大橋ジムでボクシングトレーナーを務め、
高校時代までの松本圭佑を指導し親子で頑張っていました。

こんな素晴らしいお父さんから指導を受けられて良かったですね。
特に小さい頃からプロの指導を受けられたのは、本当に良かったと思います。

松本弘司が見る息子・松本圭佑とは

松本圭佑は、幼いころから反抗期がなかったようです。

父である松本弘司がトレーナーでしたが、
いうことをなんでも素直に聞いてくれたようで、
父も拍子抜けするほどの素直な性格の持ち主です。

そして松本圭佑の大きな特徴は真面目であることです。
松本弘司は、息子は自分より何倍も真面目だと苦笑いをしています。

そして、この素直で真面目な性格がボクシングの練習にも大きく役立っています。
辛い練習でも素直に真面目に取り組む姿勢が、今日の強さを形作っているのです。

松本弘司は、松本圭佑にはまだまだ伸びしろがあって面白いと語っています。

父と子の練習内容

朝5時半起床
6時からロードワーク開始し1時間ほど走る
学校が終わってから2時間ほどジムで練習
雨の日は走らない
火曜日は坂道と階段ダッシュを2時間

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松本圭佑がボクシングを始めたきっかけは髪の毛

松本圭佑は幼いころから体が弱いほうでした。
そのために元ボクサーだった父は身体を鍛える目的で、ボクシングをさせていました。

その頃の圭佑は別に興味があったわけではないので、
そんなにボクシングが好きではなかったようです。
やらされていたといった感じだったのだと思います。

そして小学校に上がるとすぐに、松本圭佑を悲劇が襲います。

原因不明の脱毛症になってしまったのです。

頭髪も眉毛もすべて抜け落ちてしまったのです。

そして、父の松本好二は野球やサッカーを
するように勧めたのですが、どれも圭佑は嫌がりました。

そこで自分にできることは、ボクシングを教えるしかないということで、
小学校3年の夏休みからボクシングの指導を開始したのです。

実はその頃、松本圭佑は太っていたのです。

そのためのダイエット目的もあって、本格的にボクシングを始めたのでした。

当初ボクシングは夏休みの間だけの予定でした。
そこで毎日、父と子の厳しい特訓が始まったのでした。

さすがはボクシング界のサラブレッド、呑み込みが早く日に日に上達していきました。
さらに普通の子には絶対に耐えられないような、練習もなんなくこなしていきました。
生まれながらの体のバネが他の子供とは違っていたようです。

そして練習をすればするほど、ボクシングに興味が出てきた松本圭佑だったのです。

ボクシングの奥深さと面白さに気づき、
幼稚園のころとは違って、今度はドンドンはまっていったのでした。

そして、小学4年生の時に初めて、全国U-15ジュニアボクシング大会に出場します。

上は小学校6年生という2つ上の子供たちとも対戦しました。
試合は接戦だったのですが、惜しくも判定負けしてしまったのです。
試合後、彼はとても悔しかったようです。

しかしその悔しさをバネに、
それからというものより一層練習に打ち込んでいったのでした。

スパーリングでは自分のボディーブローで
相手がうずくまった時に、爽快感を感じたようです。

この時にファイターとしての闘争本能に大きな火が付きました。

小学生のころは脱毛症だったために、帽子やバンダナで隠していました。
学校ではその帽子やバンダナを取られたりしてからかわれて、
ちょっとしたいじめにあったこともありました。

しかし、いじめにあう一方で、彼を守ってくれる友達もいました。
そういったよき友にも恵まれ、そいった悪質ないじめを切り抜けていったのでした。

そして中学生になると、脱毛症も徐々に回復していき、
練習以外の時は外すようになり、どんどん自分自身を出すことができるようになっていきました。

その後、高校生になると脱毛症はほとんど治っていったのでした。

松本圭佑は文武両道

国際食料情報学部国際バイオビジネス学科とは、
グローバルな視点での農業や食糧生産、流通やマーケティング
や情報処理を学ぶ学科で、そういったことができる人材の育成を目指しています。

カンタンに言うと、世界的な視点で食料を生産して流通するかという学問です。

松本家では、伝統的に文武両道で勉強することでも
精神面を鍛えることができると考えています。

勉強はそれなりに辛いものです。
その辛い勉強からも精神を鍛えて、
ボクシングにも役立てることが可能であるという視点から、勉学にも励んでいるのです。

まとめ

松本圭佑って顔はとても優しそうで、温厚な感じです。
しかし実際にはとても強いです。

これは持って生まれた才能もありますが、
彼のここまでの努力の賜物です。

素晴らしい家系に生まれた松本圭佑には、
東京オリンピック出場に出場して一番輝いたメダルを取って欲しいですね!

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