野際陽子ってきれいでしたね!

年齢を重ねるごとにきれいになっていった印象です。
そして年齢を重ねる後ごとに、
人気も上がっていった感じもありましたよね。

ドラマ、そしてバラエティー番組など、
どんどんと活躍の場を広げていきました。

ということで、今回は野際陽子について迫ってみたいと思います。

 

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野際陽子のプロフィール

野際 陽子

のぎわ ようこ

1936年1月24日生まれ
2017年6月13日没(81歳)

アナウンサー

女優

163㎝

A型

特技は英語とフランス語

石川県出身

立教大学卒業

本当にキレイでしたね!
実は立教大学時代にはミス立教に選ばれていたんです。

さらにあの長嶋茂雄監督と大学は同期でした。

大学を卒業してから、1958年にNHKにアナウンサーとして入局したのです。
それから名古屋放送局に赴任して、お天気番組などを担当しました。

野際陽子が最初はNHKのアナウンサーだったことを、
知らない人も多いのではないでしょうか?

そして1962年には早々とNHKを退社して、広告代理店へ転職したのです。
それから、『女性専科』という番組の司会を担当することになったのです。

その後は主に女優業が中心となっていくのでした。

そして1966年(昭和41年)2月には、昔から憧れていたパリへ留学したのです。
ソルボンヌ大学で学びました。

そして約1年後に日本へ帰国して、『女性専科』に復帰したのです。
パリで身に着けた新しいファッションセンスで、
日本の視聴者の目を楽しませたのです。

この時代にフランスのファッションを先取りできたら、
日本人の目には、それはかなり斬新に映ったと思われます。

その一例としてミニスカートです。
ミニスカートと言えばツイギーにより日本で爆発的な人気になったものですが、

実はその7か月前に野際陽子が、ミニスカートを履いて公の場に姿を現しています。
ですから日本でのミニスカートの第一人者は野際陽子なのです。
これは驚きですね!!

 

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ドラマ『キイハンター』で活躍!

そして野際陽子はあの大ヒットドラマキイハンターにも出演しました。

このドラマは、1968年(昭和43年)に始まり、
そこから5年間に渡って放送されたのです。

視聴率はなんと30%以上を記録した大ヒットドラマとなり、
日本中の人気をさらっていました。

しかも、野際陽子はディレクターにどうしても主題歌を歌わせて欲しいと頼み込んで、
「非情のライセンス」という主題歌も歌ったのでした。

野際陽子は、津川啓子という役でした。
津川啓子は元フランス情報局諜報部員という役の設定だったのです。

津川はスイス・ジュネーヴで起きた事件のために来日したのをきっかけに
キイハンター結成に参加しました。

仲間からは姉御と言われるように、親分肌の一面もあるのですが、
とても優しい思いやりのある性格でもありました。

また護身術にも長け、大男を投げ飛ばすこともできる女性でした。
それ以外にも語学を得意として、
英語・フランス語・ドイツ語・アラビア語を完璧に話せるという設定でした。

千葉真一との結婚と出産

そして1973年にはキイハンターで共演した千葉真一と結婚しました。

そして1975年には、真瀬樹里を出産したのです。
この出産は38歳11か月という高齢出産で、
これは当時の芸能人の高齢出産最高齢記録でした。

こちらが娘の真瀬樹里です。
目元はお母さんの野際陽子そっくりですね!

まとめ

野際陽子って色んな意味で時代を先取りしてたんですね!

英語も堪能で、そしてフランスに留学してフランス語も覚えて帰ってくる。
それと同時にフランスのファッションセンスを日本に持ち込むなど、
本当に人として、女優として、先見の明がある人だったんだと思います。

これからはそれ以上の活躍を娘の、
真瀬樹里がしてくれるかもしれません。

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