デビ夫人ってきれいですよね!
とくに若い頃は本当に美しかったです。

そして現在はタレントとして大活躍しています。
いつも鋭い発言で、視聴者が納得できる言葉を連発できる人です。

そして彼女は色々な知識と経験があるから、
だからみんなその意見に聞き入ってしまうのだと思います。

そういったことができる、稀有な素晴らしい人ですね!

ということで今回は、デビ夫人に迫ってみましょう!

 

スポンサーリンク







ブログをメールで購読

メールアドレスを記入して購読すれば、更新をメールで受信できます。

デビ夫人のプロフィール

デビ・スカルノ
Dewi Sukarno

日本名 根本 七保子
ねもと なおこ

通称はデビ夫人

1940年2月6日生まれ(79歳)

東京都出身
インドネシア国籍

 

でも、本当にきれいでしたね!
絶世の美女じゃないですか?

これは一国の大統領に見初められるのは納得できます。

美女です!

デビ夫人はハーフなのか?

こうなってくると、浮かび上がってきたのが、
デビ夫人はハーフなのかという疑問です。

これはネット上でも多くの人が話題にしているようです。

目鼻立ちのしっかりとした顔立ちと、抜群のスタイル。
とても昭和15年生まれの日本人には見えませんね。

ばいきんぐの小峠英二もそう思っていたようです。

そこで彼女の家族なのですが、
兵七郎と母・政子の間に生まれており、弟も一人いたのです。

ですから、デビ夫人は生粋の日本人なのです。

デビ夫人の生い立ち

東京で生まれましたが、第二次世界大戦中には、
母・弟とデビ夫人の3人で福島県の浪江に疎開していました。

その後、東京に戻ると芸能界に興味を持ち始めたのです。
1955年デビ夫人が15歳の時に、
『青ヶ島の子供たち 女教師の記録』にエキストラ出演しています。

そして中学を卒業すると、定時制高校に進学しました。
デビ夫人が凄いのは、それと同時にジブラルタ生命保険に
150倍の難関を突破して入社してしまったのです。

 

容姿端麗、頭脳明晰ってこのことですね!

 

ただ、それでも家系は厳しく、
喫茶店などでのアルバイトもして一家の家計を支えたのでした。

しかし1956年に、一家の大黒柱だった父親が亡くなりました。
それに伴い、定時制高校を中退せざるを得なくなったのです。

そしてデビ夫人は、彼女の美貌を活かして、
赤坂の高級クラブ「コパカバーナ」で働き始めたのでした。

スカルノ大統領との出会い

1959年に19歳の時にインドネシアへの開発援助ということで、インドネシアに行きました。

そこでスカルノ大統領と出会い、初めは愛人のうちの一人だったのですが、
数年後に正式に結婚して第3夫人となったのでした。

しかし、1965年に起きた軍事クーデターで、
スカルノ大統領が失脚してしまったのでした。

その時に日本大使館に亡命を訴えたのですが、
国際的な立場の都合で、その望みは叶えられませんでした。

そして1967年には東京都内の病院で娘のカリナを出産したのでした。
それからデビ夫人は政治的亡命者を受け入れてくれる、
フランスを自らの亡命先として選んだのでした。

一方のスカルノ大統領は、それからしばらくして亡くなりました。

その後、デビ夫人はアメリカに移住しました。
それから日本に戻り、1970年代からタレント活動もしているのです。

 

スポンサーリンク




デビ夫人の娘は?

婦人の娘はカリナ・スカルノと言います。
確かに両方に似ていますね。
どちらかというと、大統領よりの顔だと思います。

カリナはほんの少しですが、テレビに出演したことがあるようです。
カリナの情報についてですが、
2004年の段階では、ニューヨークにあるヴィヴィアン・ウェストウッドで仕事をしていたそうです。

そして2005年になると、結婚しました。
相手は、フレデリック・F・シーガスという男性で、
彼はシティバンクの欧州・中近東・アフリカ地区CEOを務めていたという、
とても仕事のできる辣腕な男性です。

結婚式はオランダで行われました。
この時カリナは38歳でした。

娘のカリナも世界を股にかけて活躍する、国際人なんですね!

デビ夫人とカリナは不仲?

カリナとデビ夫人は不仲という噂があります。

実はデビ夫人はカリナをしっかりと教育するために、それなりのお金を必要としたのです。
そのために、スカルノ大統領の遺産を分けてもらうために、
一時期インドネシアに戻ってきたのです。

でも、インドネシア政府も簡単には財産を渡しませんでした。
デビ夫人は財産をもらえるまで、インドネシアに住むことを決めたのです。
しかし、当時の情勢はとても不安定でしたので、
娘のカリナをまだ11歳だったのにも関わらず、一人パリに残してきたのでした。

そのときにカリナは自分が見捨てられたように感じて、尾を引いてしまったのです。
それが不仲へとなっていった原因でした。

でも現在は時を超えて分かりあい、不仲は解消されたようです。

そして現在ではとても良好な関係を築いています。

その後カリナは息子を出産しました。
デビ夫人にとっては孫ですので、とっても喜んだそうです。

デビ夫人の孫は?

デビ夫人の孫はキランと言います。
超イケメンです。

これは俳優か歌手か、そういった道に進んだほうが良いのではと思うくらいです。
今後がとっても楽しみです。

世界を舞台に活躍してほしいですね!

まとめ

デビ夫人の生涯って凄いですね。

ドラマチックです。
貧しい家に生まれても、
その後にインドネシアの大統領夫人にまでなるわけですから。

でもその後に、大統領が失脚してパリへ亡命して、
その後アメリカにわたって、日本に戻ってきてタレント活動をする。

波乱万丈の人生を絵にかいたような人です。

だから深みのある言葉が出ますし、
それを私たちは納得しながら聞くことができるのだと思います。

これからもデビ夫人の活躍を応援しています!

スポンサーリンク







おすすめの記事