BOOWYって知ってますか?
昭和の終わりごろに一世を風靡したバンドです。

 

そして人気絶頂で解散したために、
そのかっこよさから今でも伝説になっているバンドです。

あまり表には出てこないバンドでしたが、
その人気は今でも衰えない凄さがあります。

ということで今回は、BOOWYについて語ってみましょう!

 

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BOOWYプロフィール

1980年代に活躍
1981年結成
1987年解散

ジャンルはビートロック

メンバー
氷室京介(ボーカル)
布袋寅泰(ギター・コーラス)
松井恒松(ベース)
高橋まこと(ドラムス)

さすがBOOWYかっこいいですね!
本当に時代を何十年も先取りした感じですね。

この当時のルックスですが、今見ても断然かっこいいと思います。
今見ても、ほとんど古さを感じないですね。
それにみんな、もとがかっこいい!
1980年代にこのカッコ良さですから、
これは本当にすごいですね!

BOOWY結成から

群馬県出身の氷室京介、布袋寅泰、松井恒松を中心に結成されました。
結成してすぐに新しいドラムを募集して、
福島県出身の高橋まことが加入しました。

1982年に『MORAL』でレコードデビューを果たしました。

『MORAL』は6人編成で作られましたが、その後に2人が脱退し、
その後は解散まで4人で活動しました。

BOOWYの解散へと

1986年12月16日に、長野県でライブが行われました。
このライブも大成功を収めました。

そしてそのライブ後、
メンバー全員が宿泊先のホテルにて、
解散についてみんなで話し合ったのでした。

 

この時、最初に切り出したのはギタリストの布袋寅泰でした。

そしてこ日を境に、BOOWYは解散へ向けて加速していきました。

そして年が変わって1987年に入りました。

徐々にファンは解散のにおいを嗅ぎつけてしまったのです。
この時に行っていたツアーの最終公演で、
1987年12月24日の渋谷公会堂が最後になると完全に予測されてしまったのです。

 

これはこの付近の活動内容やスケジュールの空き状況、
そして歌詞やエピソードなどから、
音楽評論家や熱狂的なファンが年内解散を予測していたためです。

1224で語られた解散理由は嘘?

1987年12月24日の渋谷公会堂では、
ギタリストの布袋がうなだれる中、
いよいよボーカルでリーダーの氷室の口から解散が語られたのでした。

「これから、一人一人にやっていこうと思います。」

そしてファンの悲鳴は渋谷公会堂にこだましたのです。

しかしこのように氷室の口から語られた言葉は
決して真実をついたものではありませんでした。

 

そして嘘という訳でもなかったのですが、
本当の解散の理由ではありませんでした。

もちろん、このような公の場では言えることと、
言えないことはあると思いますので、
彼がこの場で真実を語る必要などは一切ありません。

BOOWYの解散の本当の理由は?

 

その後もBOOWY解散の理由についていろいろな説が出ています。

そしてバンド側からも正式な解散理由は、
2019年に至った現在でも発表されていません。

しかし一番多く頻繁に語られているものとしては、
各メンバーそれぞれの違った理由があり、
それらが積み重なって解散に至ったというものです。

 

これは布袋がNHKのトップランナーに出演した時も同様のことを語っています。

また、布袋は自身の著書『秘密』の中で、
解散の理由を次のように述べています。

俺には俺の絶対解散せねばならない理由があった。
しかし、その理由は墓まで持っていくつもりだ。

そして、氷室は自身のファーストライブビデオ
『KING OF ROCK SHOW』のインタビューの中で次のように語っています。

「最後はロックビジネスのようになってしまい、自分の思わぬ方向にバンドが転がっていってしまった。」

しかしどれも解散の理由をピンポイントに指摘したものではありません。

 

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やはり氷室と布袋の確執がBOOWY解散だった

布袋寅泰はシンガーソングライターの
山下久美子と当時結婚していました。

BOOWYの活動も、そして妻である山下久美子のバックバンドも同時に行っていました。

そしてそこにBOOWYのベースの松井恒松も参加させられて、
遂にはドラムの高橋まことも参加させられそうになったのです。

 

そうなるとBOOWYの4分の3が、参加してしまうことになります。
そしてこれはまずいと思った高橋まことが、
氷室京介にこのことを伝えたことがきっかけでした。

それを聞いた氷室が来月解散しようと言ったのが、
ピンポイントの解散理由です。

 

これは高橋まことが自身の著書
「スネア」で語ったBOOWY解散のもっとも直接的な理由だったのです。

言い換えれば、氷室と布袋の確執が生んだ解散劇だったのです。

氷室と布袋の確執説の信憑性

上述された説の信憑性はどうでしょうか?

これに関して、この説の信ぴょう性はかなり高いと思います。

 

それは、解散後のメンバーの交流を見てもその様子がうかがえます。

氷室と布袋以外のメンバーはそれぞれ交流があります。

布袋は自分のラジオ番組に松井を呼んでいました。
また、自分のレコーディングやツアーにも松井を参加させていました。

そして、自分のコンサートで高橋のドラムをバックに歌ったこともあります。

また、氷室も自分のコンサートに高橋を招いて、
彼のドラムをバックに歌っています。

 

また、氷室のアルバム『SHAKE THE FAKE』の中の一曲では、
この曲のベースは松井じゃなきゃいけないということで、
松井にその曲だけをわざわざ弾いてもらった経緯などがります。

しかし、氷室と布袋だけは交流がないのです。

ということで、氷室と布袋の確執というのは
当たっていると思います!!

 

また、横浜の中華街で布袋と当時の妻である
山下久美子が一緒に座っているところに、
氷室夫妻がやってきて、そこでほとんど言葉を交わさずに出ていったという情報もあります。

意味深な曲の歌詞

ファンが解散を憶測できたのには、意味深な曲の歌詞あります。

それは『季節が君だけを変える』という曲の歌詞でした。

このシングルは、解散宣言前にリリースされたもので、
事実上最後のシングルになったものでした。

この曲の詞に関して布袋は、最初で最後のお願いを氷室にしたのです。

それはもっと深い、俺達の関係を言葉にして欲しいという依頼でした。

布袋が氷室に対して出して詞に関する注文は、
これ以外にはなかったと言います。

季節が君だけを変える

ガラスの中の退屈な街
踊りつかれた今夜バレリーナ
じゃあもうお別れのキスをしておくれ
雨のヴェールで隠れてるうちに

いつもテンダネスだけどロンリネス
ガラス細工のフィーリング

いつもサヨナラを言えないままに
2人ワザと遠回りしたネ
BABY気分が白い夜には
抱き合うだけで全てを変えられた

いつもテンダネスだけどロンリネス
ガラス細工のフィーリング
いつもハッピネスだけどルースレス
ガラス細工のフィーリング

季節が君だけを変える
馬鹿だね マヌケなピエロ
季節が君だけを変える
ただ一人立ちつくすだけサ

いかがでしょうか?

やっぱり解散を暗示させる深いものがりますよね。

 

まとめ

今回はBOOWYの解散について迫ってみました。

解散から30年ぐらい経ちますが、
いまだに再結成のうわさが絶えない不滅のバンドです。
人気絶頂で解散した彼らですから、
そうなるのも無理はありません。

しかし、本当に再結成を望んでいるのかどうかは
我々の心に聞いてみないとわからないのです。

それは、もう見れないものへの憧れは
憧れのままにしておいたほうが良いという部分もあるからです。

 

そして、本当はあれこれあとBOOWY解散の理由や
再結成の可能性に関して論じているのが良いのかもしれません。

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