「世界一受けたい授業」に出演したマイケルボーンスタインってどんな人なのでしょうか?

4歳でナチスの強制収容所に収監されても、生還して戻ってきたという壮絶案体験の持ち主です。

しかし、どうして彼はそんな過酷な状況から、生きて帰ってこれたのでしょうか?

今回は、マイケル・ボーンスタインの数奇な人生に迫ってみたいと思います。

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マイケル・ボーンスタインのプロフィール

生年月日 1940年5月
出身国 ドイツ占領下のポーランド
両親 ユダヤ人
経歴 フォーダム大学卒業後、アイオワ大学で薬学博士号取得
職歴 薬学の研究と発展に貢献

 

マイケル・ボーンスタインの現在

薬学の研究と発展に貢献したのち引退して、アメリカのニュージャージー州に妻と暮らしています。
そして、ナチスドイツによる大量殺戮に関する本を執筆したり、講演などをして暮らしています。

マイケル・ボーンスタインがアウシュビッツの体験を公表するようになったワケ

『4歳の僕はこうしてアウシュヴィッツから生還した』(森内薫訳、NHK出版)を出版しました。
実は、この本はマイケル・ボーンスタインと娘のデビー・ボーンスタイン・ホリンスタートの共著なのです。

娘のデビーは以前から父親に「アウシュビッツでの経験を世間に広めて欲しい」と頼んでいたといいます。
でも、マイケルはなかなか応じてくれなかったようです。

その理由は、語りたくないくらいの迫害を受けていたためと4歳ということで記憶があいまいだったためです。

そんなある日、マイケルは妻と映画を見に行きました。
そこでアウシュビッツ収容所から解放されたユダヤ人の子供達の写真が映し出されたのです。
その中にはなんと自分自身の写真もあったのです。

そしてその後に、「見ろ、あのまるまると太った子供達を!アウシュビッツ収容所などは無かった」
と誤った意見をインターネットに書き込む人達が出てきました。

実は、その写真は、アウシュビッツ収容所から解放されてしばらく経った頃にとられたものだったのです。
そのため、子供達は強制収容所にいた頃のやせこけた姿とはかなり違ったものだったのです。

そこでその誤った考えを正すために一念発起して、本の出版に至ったそうです。

この本は、娘のデビーからのインタビューをもとに書かれました。
そしてデビーは、マイケルの話しを聞き取り、更にマイケルの話しの裏付けを取るために取材を重ねてこの本を完成させました。

 

 

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どうしてアウシュヴィッツから生還できたのか

アウシュビッツには十数万人以上の人たちが収容されましたが、生還できたのは著者を含めたたったの数十名でした。

ではどうして彼は生還できたのでしょうか?

彼のお母さんに救われたのです。

マイケルは子供専用収容所に収監されていたのですが、食料を奪われて死にかけていました。
このままでは息子が死んでしまうと思った母は、看守の目を盗んでマイケルを同じアウシュビッツに収容されていた母が救い出して、
自分たちのバラックにかくまってくれたために助かったのです。

母の愛はすべてを超えて子供を愛するって本当ですね!

まとめ

マイケル・ボーンスタインは幼少の頃から凄まじい人生を送ったようです。
彼の人生に少し触れただけでも、その悲惨な体験を想像できます。

そして、強制収容所から解放され戻ってきた後でも、自分自身の生活を立て直すのは大変だったように思います。
しかし、そのあと彼はアメリカで薬学の博士号まで取得して人生の成功者になりました。

どんな状況にあっても未来への希望をもって努力していくことの大切さを、彼の人生を通して学んでいくことができます。

我々もどんな状況にあっても、日々努力をしていくことでこんな状況を打破していくことが必ずできるはずです。

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