船木誠勝は言わずと知れたプロレスラーです。

でも、その船木誠勝が凄まじいいスパルタ教育を、
息子のライアン君に対してしているようなのです。

まだ幼いライアン君はなんとかそれに耐えているようですが、
そのことをめぐって船木家ではひと悶着が起きたようです。

今回はその渦中の人、そのライアン君に迫ってみたいと思います。

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船木誠勝のプロフィール

生年月日     1969年3月13日
出身       青森県弘前市
身長       182センチ
体重       84㎏
階級       ミドル級

2000年5月26日、「コロシアム2000」でヒクソン・グレイシーに敗れ引退を表明しました。
引退後は俳優業、格闘技中継のコメンテーターとして活動していました。
しかし収入が安定しないということから、それ以外にも、建設現場で働いていたこともありました。

そして2007年12月31日には、Dynamiteで現役に復帰戦を、桜庭和志と行いました。
その後は、プロレスに参戦したり、大阪にトレーニングジムを構えて生計を立てています。

ライアンのプロフィール

生まれ年       2005年
クラブ活動      美術部
学年         中学一年生(2018年現在)

写真出典元 よろん島きび酢本舗のブログ
https://ameblo.jp/yoron-kibisuhonpo/entry-10896914718.html

 

現在中学1年のライアンくんは、
父親である船木誠勝から凄まじいスパルタ教育を受けています。

毎日自宅のトレーニングルームで
腕立て100回、腹筋100回、背筋100回などをするのが義務です。
そしてその後には「首ブリッジ3分」もしなくてはいけません。
この「首ブリッジ3分」というのは、プロレス入門試験にあるくらいの、
大人でも大変なトレーニングなのです。

実はライアン君は中学校では美術部に入り、
絵を描いたりするのが得意な芸術肌の一面を持つ子供なのです。

大阪市の絵画展で賞を取るほどの才能の持ち主なんです。

彼の持って生まれた才能は芸術です。
しかし、父が期待するのはプロレスラーになって欲しいということ。

そのはざまで幼い彼は悩んでいるのでした。

 

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船木と妻・いづみがライアン君の教育法をめぐって対立

船木の妻は元舞台女優の喜山いづみです。
船木が30歳の時に当時、
舞台で共演した喜山いづみ(当時24歳)と結婚しました。

そのいづみ夫人が、息子の教育法をめぐって船木と対立しているのです。

いづみは息子ライアンは、もっと芸術的なことに向いていると考えていて、
プロレスや格闘技には向かないと思っています。

また、毎日の特訓があまりにも厳しく、
子供として遊ぶ時間や勉強する時間なども必要なのに、
そういった時間が十分に持てないことを危惧しています。

これが元で夫婦は完全に対立したのです。

いづれにしても、いづみは息子の将来は
息子が自分の意志で決めるべきだと考えています。

息子ライアンの意志

本人であるライアンはどう思っているのか?

それについて本人に問いただすと、
将来は物を作ったり、そういった方向に進みたいとはっきり述べたのです。

これを聞いた船木は号泣し自分の過ちを痛感したのでした。
そして、ライアンが自分の意思をはっきりと
伝えられるようになったことを素直に喜んだのです。

そして船木は自分がしてきたことは、
単なるエゴの押し付けに過ぎなかったということを理解したのです。

まとめ

親はどうしても自分のエゴを子供に押し付けてしまいます。

それは多くの親がやってしまうことです。
多分、船木誠勝も同じだったのでしょう。

でも親が子供にしてあげるべきことは、
自分の価値観を押し付けるのではなく、
子供の才能や資質を最大限に伸ばすサポートをしてあげることだと思います。

親の人生を歩ませるのではなく、
子ども自身の人生を、こどもが納得できるように歩ませてあげることなのです。

そこで一番大事になってくるのが、子供の声を一番尊重してあげることなのです。

だって、自分の人生を歩めなかった子供はきっと大きな後悔をしてしまうのですから。

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